2022年9月、55歳のとき、私は「会社員」という働き方に終止符を打ちました。

いやちょっとかっこよく言いすぎたかも😅会社を退職してフリーランスになりました。
振り返れば、短大を卒業してからの35年間ずっと会社員として生きてきました。特別な資格も有能な頭脳もないのでいくつかの一般企業に就職して、その収入で長く暮らしてきました。長く続けてきた企業に属して給料をいただくという働き方から、労働した対価分の収入を得るという働き方に変えてみることにしました。



やってみてダメなら、またどこかの会社に雇ってもらおう。
私にできる?そんなこと言ってこの年齢このあとどこも雇ってくれなかったらどうするの?どうやって生きていくの?と自問自答を繰り返した結果、それでもやってみたいなあ!に行きつきました。35年続けてきた生き方の、大きな転換点になりましたね。
このブログ「ちょうどいい暮らし」は、この『これまでのお給料を手放すと決めた日』から始まっています。今日はその原点の話を、少しだけ聞いてください。
文句を言いながら働いていた日々


42歳で会社員時代最後の会社に入社し営業の仕事を13年。最初は楽しいなあって感じていた仕事もいつも不満を抱える日々になりました。
「会社のやり方好きじゃない」「頑張っても頑張らなくても同じなら、もう頑張らなくていいじゃない?」「なんで営業なのに毎日会社にいなければいけないんだろう」など、もう数えきれないほどの愚痴と不満。たまに同僚たちと「やだよね〜」なんて言いながらも「でも働かないと暮らしていけないんだからしょうーがないじゃないの。我慢料がこの報酬なんだから」って思ってました笑。
会社に対しての不平不満を言いながらも、毎月のお給料は心待ちにしてました。今から思えば自分勝手な話ですよね。あなたのこと好きじゃないよ。でもお金はちょうだいね❤️みたいな笑
「自分の人生の主導権を取り戻す」という言葉に出会った


そんな私の考えに気づきを与えてくれたのが、両学長(リベラルアーツ大学)のYouTubeでした。その中で出てきた「自分の人生の主導権」という言葉です。妙に心に残りました。



人生の主導権って何?考えたことないんですけど。っていうか初めて聞きますー
嫌だなあって思ってる会社にい続けることは相手に主導権を握らせていることだったんだ。と言葉の意味を少しずつ理解していきました。
——今の働き方を「この年齢だしここにしがみつくしかない。嫌だけど。」と決めているのは自分。会社の愚痴を言いながらお給料を受け取っているのも、自分で選んでいること。



自分の人生、自分の決めたことで進んでいくんだ。いいって思ってることも嫌だって感じてることも自分で選択してたんだ。自分で選択しながら不満を口にするのはおかしいよね😅
我慢して受け取る? いや、別の道を探そうと決めた


そこで、自分に問いかけてみました。
このまま不平不満を言わず、ありがたくお給料をいただき続ける? ——いや、やっぱり今の働き方は嫌だ。だったら、他に方法はないだろうか。
「働かないと暮らせない」のはもちろんなんだけど、自分で選んだ道で生きていくことは本当にできないのだろうか?行動もしないで文句ばかり言っているのは違うんじゃない?だったら、ストレスのない生き方を見つける方法を、ちゃんと探してみよう。ーそう思えたとき、気持ちがすっと軽くなりました。
決めてしまえば、あとは進むだけ


不思議なもので、「会社やめよう」と心が決まってしまえば、あとはもう進むだけでした。
準備には少し時間がかかりましたが、「嫌だなあ」と不満を言っていた時期のほうがずっと苦しかった気がします。
辞めると決めて、家計を見直し始めた頃は——むしろ楽しい時間でした。「これからどう暮らしていけばいいのか」と、自分の手で人生を組み立て直している感覚があったからかもしれません。



それでも夫の反対はありましたね。俺はお金を我慢する生活はしたくないよ。
まず始めたのは“お金の見直し”だった


会社を辞めれば、当然、収入は減ります。だから私が最初にやったのは、「最低いくらあれば暮らしていけるのか」の把握と「減らせるところはどこか」の見直しでした。
その第一歩が、無駄な固定費の見直しです。携帯電話だったり、家のWi-Fiだったり、大きなもので言うと保険であったり。当時ローンも組んでいましたから、これもやっつけなければ。
次の記事では、私が実際にどう保険を見直したのかをお話しします。






