2022年9月、55歳のときに「毎日9時5時、会社に拘束される」という働き方をやめました。
前回は「なぜ辞めると決めたのか」という気持ちの話を書きましたが、今日はその続き。決めてから、実際に働き方が変わるまでにわたしが何をしたのかの記録です。
家計をぜんぶ洗い出して、近所を歩いて仕事を探して。そうしてたどり着いたのが、それまで名前も知らなかった『業務委託』という働き方でした。会社を辞めたのに、今も同じ会社の仕事を、月10日だけ請け負っています。
(→ 辞めると決めるまでの話は55歳で35年の会社員人生を辞めた日)
辞めても暮らせる?家計の洗い出し

55歳で会社を辞めようと思ったとき、最初に向き合ったのは家計状況の把握でした。

我が家って毎月いくらで暮らしてるんだ?私の収入っていくら必要なんだ?削れるところある?
毎月のお金の出入りを確認し、削減できることに手をつけていきました。
一番初めにやったことは携帯電話の見直しです。キャリア携帯から格安携帯へ携帯代を安くすることですね。そのあと自動車保険の見直し、火災保険の見直し、がん保険医療保険個人年金の解約。保険は全部解約しました。
見境なしにお金を使うこともやめました。今まで払ってこれたんだからってなんでも買ってたし、使ってましたね。季節ごとバーゲンごとの洋服の購入をやめる、疲れたなあって頻繁に行ってた外食をやめる。
ローンも返済しました。
解約できるものは解約、多く払っていたものは金額を少なくできないか、見直していくと、これまでのお給料の半分以下でも暮らしていけそう。光が見えてきました。もちろん、やってみないと分からない。でも「とりあえず、始めてみよう」——そう思えたことで、「辞める」が一気に現実味を帯びてきました。
予算を決めたのがよかったのかもしれません。
ほしかったのは、もう少しの「時間の余裕」


会社員時代は、朝から晩まで拘束される毎日。働くってそういうことだって思っていた面もあります。でもそうではなく、自分が納得した時間の使い方をしたくなりました。
会社は辞めたかったけど、とはいえ、「まったく働かない」という選択はできませんでした。正直、これまで散財してきたので貯蓄はほとんどなくて💦。なのでフルタイムではなく、時短で働ける仕事を探し始めました。
その“時間の余裕”がほしかった理由は、いくつもありました。
毎月、石川に住む両親に会いに帰省していました。



私も夫も石川県出身です。その当時はまだ介護というほどではないにしても、離れて暮らす高齢のそれぞれの両親。あと何回会えるかわからない。いつの頃からか毎月帰省をするようになりました。コロナ禍東京からの帰省に厳しい風潮がありましたが帰省していました(^^;;
帰省日数はだいたい4日間。毎回土日を含み2日の有給を定期的に消化していました。会社から休みすぎって言われたこともあります。休みだけど休みづらいもどかしさがありました。



最後の1年ほどは有給を使用せず介護休暇で帰省していました。月のお給料が減るのですがこれからの準備と思ってあえてそのスタイルにしていました
ラブラドール2頭を連れて、車を運転して、東京と石川を往復してました。体力使いましたね。東京に帰った翌日は仕事に行き通常モード。きつくなってきました。
そして、犬の病気が発覚です。



初代ラブラドールのらなの旅立ちが近くなり、会社に行きたくない。でも行かなきゃ。帰ってくるまでなんとか生きていて。葛藤を抱えながら仕事に行くような暮らしはもうしたくないなあってずっと思っていました。
自分の好きに使える時間がもっとあったら、今のような日々時間に拘束される働き方をしなくて済むなら、自分の心をもっと大切にできる。そう考えるほどに、「働き方を変えたい」「変えなければ」という思いは強くなっていきました。
近所を歩いて、時短の仕事を探した


当時は会社までドアツードアで約70分。往復140分。業務以外に2時間以上の拘束があります。9時始業の会社だけど7時20分には家を出て、17時の終了とともに帰宅しても18時過ぎます。
仕事をするならできれば近所がいい。家を空ける時間が少なくなるから。そう思って、近所を散策しながら求人の張り紙ないかなあって探してみたり電話で問い合わせをしてみたりしました。でも、時短の求人募集をしている会社はなかなか見つかりませんでした。ちょっと違うか。結構募集の張り紙はありましたが、時短で週数回って言う募集がなくて・・・



1日の就労時間が少なくて、帰省のため4日プラス休養日1日の5日は休みたいなんて、仕事探してる人間が言える?言えないよなあー
転機は、会社からの思わぬ提案だった


次の収入源を決めてから会社を辞めようって思ってたけど、これじゃいつまでたっても進まない。強行突破するしかない。数ヶ月ならなんとか生きていけるんじゃないか。「辞めたい」という気持ちを、会社に何度か伝えていきました。
何度目かで上司から、「月に数日、働かないか」という提案をいただきました。これが、わたしが『業務委託』という働き方を初めて知ったきっかけでした。
契約を決めるとき、初めて「扶養」を調べた


業務委託という働き方を知らなかったので調べてみました。企業から雇用されているわけではなく、必要な業務だけを請け負う働き方ですね。
今までその会社には勤めていましたし、必要とされる業務が毎日あるわけではないことを知っています。決められた時間会社に行って終了と言われるまで会社に居なくてよくて、頼まれた仕事だけしっかりこなせばあとは自由ってこと?まあ保証はないけどね。でもわたしの希望が案外叶えられる働き方なのではないか・・・
業務の関わり方を決めるとき、業務委託契約になると社会保険は自分で国民健康保険に加入することになります。税金は自分で確定申告することに。
初めて『扶養』内での働き方について調べました。



扶養内で働くって1種類じゃないんですね。税金の扶養(配偶者控除)と、社会保険の扶養(いわゆる◯◯万円の壁)があって、加入している健康保険や自治体で違うんですね。複雑すぎていまだによく理解していないかも
ということで、月10日間の業務委託契約となりました。
※扶養や社会保険の制度は変わりますし、加入している健康保険や自治体によって条件が違います。ここに書いたのは、あくまで2022年当時のわたしの場合の記録です。ご自分のケースは、必ずお勤め先や健康保険組合、お住まいの自治体で確認してくださいね。
まとめ|同じように迷っている人へ


会社を辞めて働き方を変えてまもなく4年が経過します。心にずいぶん余裕ができました。最近は週に数時間近所のコンビニのパートも始めました。日々のストレスが全くと言っていいほどありません。サザエさん症候群のように「明日会社なんだ・・・😢」って気分がブルーになることはいまはもうありません。
収入は減少しましたが、自分で設計した家計管理のもと生きてこれました。大切にしたいことは継続できるように多くの無駄を削減してきました。
雇用されているという後ろ盾がなくなり保証も何もなくなりました。が自分の時間を自分で組み立てられる生き方が自分に合っていると思います。
もし今、同じように迷っている人がいたら。
まずは、家計を見てみてください。「いくらあれば暮らせるのか」がわかると、辞めることが急に現実的な話になります。わたしはそこで光が見えました。
そしてもうひとつ。少しだけ、誰かに言ってみること。
わたしの場合、「辞めたい」と会社に伝えたことで、思ってもみなかった道が開けました。黙って我慢していたら、業務委託なんて働き方があることすら知らないままだったと思います。


